立川談志師匠はなげく。「今は川のまわりが金網だらけ。川に子供が落ちでもしたら親はすぐ国を訴える。だからこんなふうになっちまった。昔はぜんぜん囲ってなかった。 たまに溺れて死ぬ子がいたが親の不注意だ、ですんだ。周りもそれを教訓にして行動した。一人ふたりのために金網で囲うのはおかしい。」この考え方には一理も二理もある。 もちろん人命は大切だが、どこまで安全にすれば気が済むのか。完全な安全なんてありえないのだから。

 そういえばお祭りを安全にするための警察の規制もどうかと思うものがある。御三霊の祭りに花火で火傷した人が出たために三大国の下に入ることが禁止された。 祭りは非日常の場であり多少の危険があるから祭りなのだと思うのだが。御柱だって安全な木落としなんて誰も飛び乗ることはしなくなるに違いない。安全を無視するというのではない。 安全を絶対化せず相対的に安全を考えていくことが大切だろう。これは「安全第二」の考え方だ。

 国土交通省の「景観に配慮した防護柵推進検討委員会」が景観に配慮したガードレールのあり方を検討し平成15年8月中にガイドラインを作るという。 ガードレールは安全性を考えると目立つ白色が良いが景観を考えると無粋である。国土交通省もやっとそこを分かってくれたのがうれしい。そういう柔軟さが必要だ。

 それは健康の考え方にも通ずる。健康のために何かをする、健康のために何かを食べる、健康のために、健康のために、それほど健康に毒されなくてもいいんじゃないか。 どんなにあがいたところで人は致死率100パーセント。酒を少しは飲みすぎても、うまいものをたまに食いすぎたっていいじゃないか。楽しく生きたい「健康第二」で。 今どき無病息災なんてありっこない。「一病息災」いや「多病息災」で病と共生だ。