昔の人が病気になった時

 私がほねつぎ・鍼灸の仕事をはじめたころにある疑問を持ちました。「現在は医療のシステムが完備されていて多くの人々が治療を受けている。 では医療がいきわたっていなかった昔に人々は病気になった時にはどうしていたんだろうか」と。我慢していたのだろうか、病に倒れていったのだろうか、本当に素朴な疑問でした。 でもこの疑問は現在の医療のあり方を追ってきてみると医療システムや健康の考え方などに実に多くの問題を含んでいることが判ってきました。それは病気の定義、病の社会的治癒力、医療への過剰な依存、 からだが自らいえる力(自然治癒力)の過小評価、身体感覚を通しての自らのからだへの気づきの欠如、そして病のプラスの面を見ない発想などの問題でした。

行政の健康施策

 また今年五月に飯田市の「健康いいだ21」の策定委員になり、その計画案を練っているなかで行政の健康計画の問題点が見えてきました。 飯田市の「健康いいだ21」というのは厚生労働省の策定した「二十一世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)」に基づき、「長野県健康21」が策定され、飯田市の「健康いいだ21」の計画策定がもとめられているものです。 その計画案作りにたずさわっていて、行政の健康計画が一次予防に焦点が当てられていて0次予防に向かっていないことや行政が健康づくりの推進が人々の健康不安を増大させることなどが解ってきました。

健康病

 私は過剰に健康を求める人々のあり方を「健康病」に侵された人々と考えました(上杉正幸著『健康病』洋泉社刊が二〇〇二年一二月二一日に刊行されました)。 それは一般にヘルシズム(健康至上主義・健康第一主義)と呼ばれています。それは健康依存症、健康中毒と言えるかもしれません。そして個人だけでなく社会もまた「健康病」に侵されてしまうのです。

民俗の知の再生で健康病を癒す

 健康を願うのはごく自然な気持ちです。でも現在のような健康法ブーム(健康本の氾濫、やマスコミの取り上げ方)はどこかおかしいと思います。 なぜこのように健康を求めるようになったのか、その結果どのような問題が起こっているのか、その問題の解決法は何かを考えてみたいと思います。 病を克服し健康になろうとする行動や行政の施策や健康病の人々に欠けている点は、医療、健康、病を考える時、文化面からのアプローチを忘れられていることでしょう。 健康の癒し方を文化面からアプローチして、民俗の知の再生から考えてみたいのです。

一 「健康病」の身体的原因

 医療システムに自らの健康のあり方のすべてを委ねてしまう在り方を健康病の身体的原因としました。

1 健康病をつくる医療

健康への過剰な期待を担う医療

 日本の現在の医療は近代西洋医学のシステムです。この近代西洋医学のパラダイムは生物医学モデルに基づいています。 これは科学的な医学で、客観的・普遍的であると考えられています。感染症などの病気を克服したのもこの近代西洋医学によるものだと言われています。 例えば結核を克服したのは結核菌に効く抗生物質が発見されたお陰だと普通は考えられています。感染症にはこの方法が成功したとみなされました。 その結果病気の原因をなくすことで病気を撲滅することができるとの考え方をするようになりました。つまり病気には特定の原因がありその原因を魔法の弾丸でたたきつぶす、 そうすれば病気は克服できる(特定病因論・魔弾主義)と考えるようになったのです。それは医学への期待を高める結果になり、医学が進歩して医療制度が整備されれば病気は克服できると考えられるようになって、 現在の長寿が達成されたのだと信じられています。病と闘って克服するこの論理は戦争のメタファーだといわれます。 だから病と闘い撲滅してきた医学が進歩して医療制度が整備されれば健康になっていけると考えられるようになりました。こうして健康増進を医学、医療に期待することになったのです。

2 医療システムの癌化(医療システムの自己増殖)

制度的医療

(1)

 日本では明治時代に近代西洋医学がトータルな近代化の一環としての「制度的医療」として導入されました。 そして他の医療システム(伝統医療、民間医療など)を排除し現在の医療システムが出来てきました。独占的地位が認められ、仕事の内容、条件、評価の自律性があり、 それが国家によって保証され「専門化支配」が起こります。これによって国への発言力も大きなものになっています。

科学者と素人の間の不平等

 福岡伸一は科学者と素人の間の不平等について以下のように述べています。不平等の存在は「知識量や情報量の不平等ではない。 知識と情報が依って立つ構造の脆弱さを知っているか否か、という不平等である。構造が見えにくいのは、専門家が意図的にそうしているからである。 したがって、本当の専門家とは、専門的知識の成り立ちの危うさに気づいている人々のことである。そして、本当の専門家の多くは、その危うさを糊塗するために、あるときは極めて攻撃的になり、 あるときは極めて守備的になる。危うさが素人の目にさらされると、自分たちのナイーブな動機やポリティカルな志向が露呈するのをおそれているからである。」(2)と。 同様なことが医療の専門家である医師と医療の素人である患者との間にもあります。医師のパターナリズムが医療者に治療のすべてを委ねてしまい、患者自身の判断力を奪ってしまいます。

医原病

 イバン・イリイチは医原病という概念を提示しました。それには臨床的医原病(医療過誤、薬害などを指します)、社会的医原病、文化的医原病があります。 社会的医原病は「医療というシステムが社会全体に与える影響を通じて個人の健康を脅かす状態」をいいます。社会の問題を病に置き換えてしまうこと、例えば登校拒否の子を「登校拒否症」との病にして、 その子の問題にして病んでいる学校は問題にしないようにすることなどです。つまり問題を「医療化」してしまうのです。 文化的医原病は「医療専門職が健康と病気をめぐる領域を独占してしまうことによって人びとが病気や病苦に対処する能力を失うことを指します。」(3) つまりその能力を「不能化」してしまうことです。('02.12.3イバン・イリイチがドイツで亡くなられた。)

病気は悪、治療は善

 上杉正幸は「科学としての医学は病気は駆逐するべき悪であり、その病気を治療することは善であるという価値観がある。 この価値観によって治療を至上命令とする信念を持つ。これは医療が病人を探し続ける方向を生み出し、自覚症状のない人々の中に病気を見つけ出し治療しようとする。 そして治療から予防へと対象者を拡大する。」(4)と治療至上主義(治療第一主義)について述べています。

検査・検診

 検査手段の発達によって軽微な異常を検出できるようになるとそれを新たな病気と定め、ますます病気は増えてゆきます。 それはあたかも「ほくろは数えると増える」と無着成恭が子供電話相談室で答えたように、望遠鏡の制度が上がると暗い星がより見えるようになるように増えてゆくのです。 予防検診としての集団検診も医療の自己増殖を助ける役割を果たします。 予防効果がそれほどないと言われ早期発見、早期治療の幻想が語られている(5)(6)のに行われており、ますます検診項目を増やし詳細に行われるようになっています。 そして生活習慣病とかかわりが深い6項目の検査では、働き盛りの日本人の14.5%、七人に一人しか健康な人(正常値の範囲内の人)がいないという結果がでています。(7)

国民皆保険

 波平恵美子は一九六一年(昭和三六年)に国民皆保険となった結果、自分でからだを気遣うことがなくなり体をそまつに扱うようになったとのだ言います。 健康保険で医療にかかりやすくなり自分の健康を医療にゆだねてしまう傾向を加速させたのです。

多元的医療システム

 制度的医療である現代医学だけでなく多元的医療システムのヒエラルキーの下位にある代替医学(ほねつぎ・鍼灸・カイロプラクティック・整体等)も医療幻想を補完するように働きます。 家電(マイナスイオン)(8)ミネラルウォーター、赤ワイン(みのもんたの番組)も科学的、医学的な衣を着ています。 しかし実際のところは大いに疑問があるところです。マスコミ(健康雑誌、テレビ)による医学情報がますますの必要性をPRします。みのもんた病といっている人もいます。 日本でも認知されてきたカウンセリングも病気の原因を家族、社会の問題を当事者のみの問題に還元してしまいます。

二 健康病の精神的原因

1 死への不安・病気への不安・生活への不安

 死、病への不安は根源的なものでしょう。そして経済的不安もおおきなものでしょう。 「受療や老後の支出に各自が備えなければならないという不安が存在する国では、社会全体に貯蓄過剰が生じ、消費が抑制される」(9) これが不況を悪化させているといいます。生活の不安・老後の経済的不安は自分で解決しなければならないから、働いて蓄えることで不安からの脱出をはかる。そのための資本がからだであり、健康である。 そこに健康病のひとつの原因があります。健康が目的化して健康病に罹ってしまいます。

2 健康施策が健康病を悪化させる

 行政が人々の健康を推進する事業を行うことは良いことであると誰もが考えています。しかし健康事業を推進すればするほど人々は軽微な兆候をますます気にするようになり、健康不安に陥り、 不安解消のために医療機関を受診し医療費は増加するという悪循環を生みます。行政が健康病を悪化させて、「健康推進のパラドックス(10)」に陥ってしまいます。 また不健康の原因を個人に求めて個人の努力に期待するように仕組んでしまうのです。それは0次予防の芽を摘むことになります。病の原因である環境、社会の問題を隠蔽してしまうのです。

ミクロの健康とマクロの健康

 健康施策は個々人のためであるはずです。かつては富国強兵のためであったし、今も企業のためのものが多いでしょう。 現在でもミクロ(個々人の主体的な)の健康をマクロのそれにすりかえられてしまう危険性があると上杉正幸は言います。 「ミクロな健康とは一人一人の人間が自己の生きがいとの関係において決定する状態であり、生きがいを実現するための支障のない状態がその人にとって健康な状態」で 「主観的・個性的な健康、全体的・全人的な状態での健康」、「マクロな健康は社会的基準によって規定される健康。客観的(数字的)・社会の全体的健康、病気の個別的な状態」で 「マクロの健康は能力の発揮を前提にしている。その健康は無限追求的になる。」そして「ミクロな健康がマクロの健康に取り込まれていっても対立することなく融和しあってしまいます。」 「病気になりたくない、病気を早く治したいという欲求は病人を生み出す環境を整備する、病人を治療して出来るだけ早く回復させる、などのマクロの欲求と対立することなく融和しているから、 健康行政・健康推進のパラドックスを見えにくくして、よりそのパラドックスを深化させる。」「健康を求める社会は人々に健康基準を捨てさせ、社会的な健康基準に同調するようせまる。 健康の自己決定権を失った人々は自分で自分の健康を決められない状態になる」(11)のです。

病の価値・意義の隠蔽

 行政の健康施策の重要な問題点は病の意義の隠蔽にあります。病の本当の意義を隠し判らなくしてしまうことです。 それは病から社会の変革、環境の変革、生き方の変革につなげようとする力を隠蔽してしまうことなのです。(病の意義・価値については後述)

三 健康病の合併症

 健康病は「差別」「排除」という合併症を起こします。

逸脱の排除

 上杉正幸は「健康の価値を重視し、病気の克服や清潔で衛生的な環境の構築を目指そうとする社会を『健康社会』と位置づけ」「より以上の健康を求める健康社会では、 健康を求めるがゆえの排除と画一化が起こってくる」(12)と述べています。健康病に罹り過剰な健康欲求を持つと老化や死や障害の忌避につながります。 不老不死を願った秦の始皇帝を笑うことはできないのです。 つまり健康病の行き着く先は逸脱の排除で、弱者の生存の権利さえも脅かすことになります。 その裏に優性思想を見て、アウシュビッツと同じだと、また五体満足な子を希望する気持ちの奥にもそれを感ずるという人もいます。 五十代からの美容整形がさかんになったと新聞(13)にありました。 「日本はシンデレラ願望を満たす手段、アメリカは老化変形を元に戻すアンチエイジング(抗加齢)の医療技術として広まっている」のだそうです。 醜さ、老化さえも病気となり、排除すべきものとされるのです。

寛容の欠如

 山口昌男は別役実のエッセイをひいて、レプラ、梅毒、不具者、乞食の排除を寛容さの欠如と表現しています。「人間がトータルに人間を見る技術を失って来ている。 不幸な人々を乞食として許容し、そこ(祭り)に参加する人々がそれに同情し、金を与えることに何の疑いを持たないのは健康な世界の徴しであるとする。ここには人間がトータルな在り方を許容して、 そのトータルな在り方を前提として成り立つ交換の上で、金を介するコミュニケーションが成り立つという論理の延長したところにある世界・宇宙感覚であろう。 我々の世界では、不具者を、人目から遠ざけ、より狭い空間に押し込め、その欠けた部分で、宇宙の欠けた部分を補う機会を失っている。」(14)と書く。 この場合の健康な世界の健康とは健康以外を排除しない健康なのです。

マスコミからの排除

 中島らもは障害者の問題で「現在のテレビはこういった畸形性の笑い(例えば白木みのる等)は稠蜜に排除されていて、われわれがそういった人々を目することはない。」(15) とマスコミが差別をしないようにと排除してきたことを指摘しています。

病人の排除

 武田徹はハンセン病の隔離政策について書き「生の目的は『ただ生きることだけ』それ以外は二義的だ。生は多様だ。その理想像は多彩である。 しかしひとつのユートピアを目指し人生の目的を唯一絶対視しその多様性を無視すると、排除の論理が作動し、暴力の発生に繋がる」(16)として、 ハンセン病患者の治療に献身的に尽くした神谷美恵子のことを光田医師の隔離政策を補完したのだと書きました。そして第二、三の隔離を生み出す可能性があることと指摘して、 O157の騒動はそれを表していると述べています。最近でもB型、C型肝炎でも多くの差別があったことが知られています(例えばタレントの石川ひとみ談など)。

教育の排除

 そして障害者の養護施設における教育なども排除の論理だと主張する人もいます。 過剰な清潔志向 現在の過剰な清潔志向(抗菌グッズ、薬用石鹸の使用)は殺菌によって皮膚に必要な細菌を殺し皮膚炎をおこすなどの問題を起こしています。 我々と共存し健康に不可欠な細菌にまで排除は及んでいるのです。清潔・不潔の観念は科学的なそれではなく、清浄・不浄の観念だろうといわれています。 大貫恵美子は日本人において「家の中は清潔で外(ひとごみ)は不潔、外は社会の境界外の自然ではなく社会の周縁を指す、例えば家に帰ってうがいして手を洗う、家の外は不浄な世界。 トイレは最も不浄なところ」「日本人の衛生習慣の基本的象徴構造は上下=内外=清浄不浄だ」(17)」という。清潔・不潔の観念で消毒後の手術野のような清潔をから考えれば、 トイレ後の手洗いをするもしないも細菌学的にはたいした差はないことになるし、父のパンツが汚いと箸でつまんで別々に洗濯する娘の行為も細菌学的にはおかしいものだといえる。 よっぽど地面に座り込んだ娘のパンツのほうが不潔でしょう。また過剰な清潔志向はにおいの排除にまで及んでいるのです。

細菌・ウィルスとの共生

 藤田紘一郎は過剰な清潔志向は病気だといっています。日本社会が無菌化し、免疫力が著しく低下しているから、バリ島で日本人観光客だけがコレラにかかったのだという。 菌がからだを守っているのにそれを排除してしむことは問題だと述べる。やみくもな異物排除ではなく異物との共存をしないといけないというのです。(18)(19) 「人類史的なスケールの中では、免疫系は環境中の細菌やウィルスの存在を前提とし、生態系の一部として機能してきた。現代社会の『無菌的』な環境は身体にとって未知の領域なのである。 この結果、感染症が減ってきた現代社会の身体像はかなり変革されざるを得ない。体外的な病魔と戦うというより、免疫系そのものが一種の体内的生態系であり、 身体が菌やウィルスと共生しながら生態系バランスを維持しているというイメージが描ける。免疫系は菌やウィルスを取り込むことによって始めて良く機能できるし、 身体内外の環境は連続した生態系として捉えるべきだということだろう。」(20)と。

境界のあいまいな社会

 三浦雅士は不潔なハエが嫌われている理由をこう述べます。「蠅が嫌われるのは病原菌を運ぶからだがそれは後からの理屈だ。ほんとうはそれが無差別だからだ。 壁(比喩)を無意味にし、自他の区別を無意味にし自己と排泄物との区別を無意味にする」ので嫌われ、「自他の境界のあいまいな社会では蠅は注目されない」(21)のだと。

清潔な街

 多摩ニュータウンに不釣合いな風俗店の大きな看板が立っている写真が載っている新聞記事(22)を見ました。 「多摩ニュータウンの一角に風俗店、計画された街ニュータウンの幸福の思想への『多摩クリスタル』は異物として存在し続け、ニュータウンを逆照射する。」とキャプションがります。 異物を排除してしまった清潔な街は面白くないだろうと思います。猥雑さの欠如した街こそ不健康ではないでしょうか。

鏡の部屋

 差異が排除の対象になるから「他人から排除されないために、自己の中にある差異を主体的に排除」してしまい「存在の意味を喪失し、生きる意味を同質化をしてしまう」 そんな「排除の後に出来上がった同質の世界を赤坂憲雄は『鏡の部屋』と呼んでいる」(23)のです。

四 健康病の身体的原因への治療法

1 裸の医療に気づく

 医療システムに過剰な期待を寄せてしまうのは医療のまとっている衣料(医療の幻想部分)が美しいからかもしれません。医療の幻想部分を取り除いた真実の医療はどんなものか探ってみたいと思います。 裸の医療が見えたとき医療システムへの過剰な期待はなくなるでしょう。

病は医療によって克服されてきたか

 病は医療によって克服してきたと思われていますが、それには疑問があるといわれます。近代西洋医学は急性病にしか効いておらず、 慢性疾患にはそれほど効果がないのではと考えられているのです。今までに克服したほとんどの病気は医療によってではなく、社会の変化(衛生環境、衣食住、 労働環境などの変化)によって達成された(24)と考えられているのです。長寿は医療によって達成されたのではなく社会の変化によってもたらされたものであり、 感染症は医療で減ったのではなく衛生思想の普及、清潔な環境の整備よって減ったのです。 「唯一例外的に予防接種で撲滅できたのが『天然痘」です。それは人のみに感染し、肉眼的に診断でき、直った患者にはウィルスが存在せず、終生免疫が得られ、 ウィルスが突然変異しないなどなどの撲滅にかなう条件の病気だったから」(25)だそうです。

人体の構造の変化と痛み

 人体の構造の変化(MRI・CT・X−Pなどの画像診断などで異常があっても)がそのまま痛みの発現に結びつかないことの方が多いのです。 例えば脊椎辷り症は腰痛の訴えの無い人の百人に一人、椎間板ヘルニアは4人から五人に一人に存在するといわれます。また脊柱管狭窄症で造影所見が完全な圧迫像を示していても神経所見がなく無症状な人が多いのです。 痛みの出現にはたくさんの因子がかかわっていて構造の変化のみが原因ではないのです。アメリカ厚生省の「急性腰痛のガイドライン」(26) では危険な所見、例えば坐骨神経の圧迫や椎骨の骨折などの所見が無ければ四週間はレントゲン検査などの画像診断は避けるべきとの勧告がなされています。 これは画像診断の所見が腰痛と関係が無いのにもかかわらずその原因にされてしまい、精神的に痛みを治らなくさせてしまうことを防ぐためで、 期間を四週間としたのは急性腰痛の90l以上が四週間以内にうちに治ってしまうからなのです。

早期発見、早期治療幻想

 人間ドックや健康診断では検査項目をふやせば増やすほど確率的に正常値の範囲内に入る人はどんどん少なくなっていきます。 「たとえば、十項目を検査した場合少なくとも一項目が基準値外と診断される人が40パーセントも生ずることがわかります。そして30項目も検査したら、 少なくとも一項目が「基準値外」と診断される人は78パーセント。」(26)というわけです。 また心血管疾患になりやすい人を何もアドバイスしないグループと医者がライフスタイルに介入するグループに分け十五年間の統計をみると放置郡のほうが死亡者数は少なかったというのです。 (27)病気を早期に発見し早期に治療するという考えは考え直さなければならないのかも知れません。

疾患の定義

 疾患の定義は正常からの逸脱だと考えますが正常の概念そのものがあやふやなものです。疾患も症状・程度・経過・予後などで分類可能とは考えられていませんし、 同じ疾患でも地域・時代で大きく異なると言われています。「病気はある人々(症状・行動・存在)へのレッテル貼り(意味づけ)のレッテルのようなものでその社会での支配的な 『病気を見るまなざし=病気感・医学』に基づき、その社会の人々によって行われる」(28)のです。例えば肩こりは日本人特有な概念ですし、 更年期障害も日本のそれは血の道症の概念を引きずっていると言われます。 日本に胃腸科が多いのは日本のハラ文化(ははらきり、はらまき、腹黒い、はらをさぐる)と密接な関係がある(29)と言われます。 つまり病気・疾患の定義はそれほど客観的ではなく文化的なバイアスがかかっているわけです。最近「成人病」から出世した「生活習慣病」は、その命名法において政治的主張(言説)だといわれます。 「生活習慣要因を原因として社会的環境要因を隠す、否定する。その結果病気の原因は個人的責任論(犠牲者非難論)となる。 生活習慣を変えれば治るという仮説(証明されていない)で健康な生活習慣をせよとの道徳言説になる。つまり『生活習慣病』は『病気になる』という脅しをテコに生活を管理する言説で、 近代社会の理念からは、これ自体が病的言説だ。」(30)というわけです。

2 医療への過剰な期待からの脱出

社会的医原病からの脱出

 社会的医原病(医療化)から脱出するには病気の克服を医療だけに任さないことがたいせつでしょう。 自然環境、社会環境、労働環境、食環境などを整備して癒える環境を整えるようにしなければなりません。同じ職場で同じ腱鞘炎が多発したなら腱鞘炎の治療より労働環境の整備が本質的な治療となります。 例えば工具を変えるとか、同じ仕事を繰り返しやるのではなく、他の仕事と組み合わせて行うとかなどです。追突事故での鞭打ち損傷もヘッドレストの普及で激減しました。 スキー障害の歴史的な変化は障害の治療が第一次選択にあるのではなく用具の開発にこそが障害の予防の本質があることを示しています。 つまりスキーブーツの出現以前は足関節周辺の重複骨折が多かったのが、ブーツの出現以後ブーツトップ骨折や膝関節の捻挫(スキーポイント・内側側副靭帯損傷)に変化し、 ビンディングの開発により大きな怪我も少なくなってきているのです。

精神科の領域

 病の解決を医療にのみゆだねてしまうことへの批判は精神疾患の分野でもあります。例えば『ひきこもり』救出マニュアルを書いた斎藤環への批判です。 「すべての社会的ひきこもりは本人の意向にかかわらず治療されるべきと氏の意見を批判されたのです。医療に解決をゆだねようとする社会の傾向は、引きこもりを異常とみなす視線があるかぎり消えないだろう。 だが撤退の長期化には、それなりに理解可能な事情がある。ひきこもりは状態であって病名ではない。」(31)ここにはひきこもりを病として医療にゆだねるのか否かの問題が表れています。 医療情報の入手 医療への過剰な期待からの脱出は幻想をまとっていないEBM(エビデンス・ベースト・メディスン=根拠に基づいた医療)に基づいた医療知識・医学知識・薬知識の入手が必要でしょう (EBMに基づいた情報の取り扱いかたの問題ついては柄本三代子のするどい指摘がある。(32))厚生省診療ガイドラインが来秋インターネット公開の予定となっています。 「標準治療2002・2003」(日本医療企画)という本もあります。第三世界の無医村向けに書かれた「WHERE THERE IS NO DOCTOR」のような日本向けの本があるといいと思います。 柳田邦夫氏は昨年の飯田病院創立80周年の記念講演(この折に柳田館を訪れました)で医療情報の入手にインターネットの利用を勧め、医学書は看護師の教科書が良いと言っておられました。 柳沢桂子氏は原因不明の難病からの脱出を夫のインターネットによる検索の末にはたしました。(33)

パターナリズムからの脱出

 医療におけるパターナリズム(父性主義・父子主義・父親的温情主義)(34)からの脱出も必要となります。 パターナリズムを克服するためには医療者側のインフォームド・コンセント(説明と同意)が充分行われなければならないでしょう(インフォームド・コンセントについての問題点もありますがここでは取り上げません)。 おまかせ主義から脱出して医療情報を把握し、自らの判断で医療を決めていくことはきわめてしんどいものだと思います。 幻想のベールに包まれた医療に身をゆだねていたほうがよっぽど楽かもしれないと思うこともあります。

自然治癒力の理解

 医療への過剰な期待からの脱出にはからだの「自然治癒力」「ホメオスターシス(生体恒常性)」の理解は欠かせないでしょう。 正常も異常も含む身体、代償性や可塑性が発揮できるゆとりある機能を理解すること。構造に相当の欠損、過剰、破格(基準の人体構造からずれた状態が剖検例で1体当たり40例以上発見されるという)、 があっても補い、調整してゆく優れた機能を理解することが大切でしょう。治療がこの自然治癒力なしに行えないということをしっかり理解しなければならないのです。 生きていること、この神秘こそ自然治癒力の証明です。風邪薬は風邪の症状の緩和の薬であって、風邪のウイルスには効いていません。 風邪を治すのも自然治癒力なのです。私の仕事の骨折の治療も骨のずれを直し後は骨がくっついてくれるのを固定して待つわけです(もちろん関節の拘縮を防ぐ、むくみの予防、 筋力の低下の防止などやることはあるのですが)。骨が癒合するのにはほぼ決まった日時を必要とします。グルトの治癒日数という基準があります。指の骨折は四週間ぐらい、腿の骨は一二週間ぐらいとか、 小児はその半分だとか。つまりどんなに頑張ってもその短縮は出来ないのです。そのように病が癒えるためにそれなりの時間が必要となるとの理解、生物的時間への理解が必要でしょう。 病院での外来患者さんの自然治癒の割合はどうなっているかといいますと、「外来患者の95%以上はひとりでになおる。近代医療が治療している患者のうち80%は、ほっとけば治る病気であり、 治療しても別に良くなっているわけでもなく、勝手に落ち着くところへ落ち着いている。10%をやや上回る症例では、劇的な効果が上がっている。 残り9%前後は、治療のせいで悪くなったり、不幸な結果を招いている」というわけです(35)。精巧な人体の自然治癒力のすごさを認識しなければなりません。 生命操作の技術の歯止めの必要性について中村桂子は「いまの社会は、科学や技術に一線があり、そこを超えないという解決をもとめているけれど、ここからは解決は出てこない。 生物も機械として割り切る、ものごとは全部わかるものだ、そういう機械論的な価値観を見直す必要があります。そういう社会なら、操作するほうが勝って、行く所まで行くしかない。 生命は操作するものではなく、医療も含め技術は生命の機能を助けるものだという考え方を持つ意外にありません。」(36)と述べている。

教育

 学校教育や生涯教育を通じて医療幻想の問題や自然治癒力について学んでいかねばなりません。学校教育において膵臓のランゲルハンス島は学んでも糖尿病との関係は学びません。 またたとえ学んだとしても医療幻想を植え付ける教育になる可能性があります。医療幻想から脱出できるような教育が望まれます。 子供の教育に欠かすことの出来ない絵本で病気や健康に関するものがまた医療幻想に満ちています。飯田図書館の健康・病気に関する絵本を調べてみましたが医療幻想の本ばかりでした。 あのディック・ブルーナでさえミフィーの病気は病院で注射して治しています。医療幻想にとらわれていない本が1冊ありました。「わたしも びょうきに なりたいな」(37)です。 こんな絵本が増えるといいなと思います。

3 病気は時代と共に変化する

病は時代の陰画

 病気は時代と共に変化してゆく、病は時代の陰画だという。「病気はその時代の体制の深部のもっとも深い影」で「社会体制、労働立法、栄養、衛生など、歴史的発展段階に見合った病気がはやる。 結核は産業革命期の病気で、現在では第三世界の病気である。」(38)というのです。 柳田國男は「貧と病」(39)で歯の病気がふえたことは食が甘くやわらかく暖かくなったことや、日常生活の変化が密接な関係があるのだろうと、 また結核は近代の労働にやられたこと、チリが肺を弱らせたと書いている。神経衰弱も近代の病である。 夏目漱石のこころの病の窃視恐怖、幻聴・被害妄想(被害念慮・猜疑心)は現在では分裂病説・うつ病説・折衷説があるが、典型的な近代の病、アイデンティティの病だろう。 それに赤面対人恐怖症も近代の日本のアイデンティティにからむ病なのだそうです。

現代の病

 「むかしは二本棒がやたらといた」(40)ほどの蓄膿症が減り、アレルギー性鼻炎がはやようになったのは、 栄養状態が良くなったことや、衛生状態の改善が考えられるのです。 MRSAは抗生物質の過剰投与が原因と考えられるし、新興感染症のエボラ出血熱やAIDSは人の世界的移動が大きく関与しています。 自殺も精神の病と考えれば最近の中年の自殺の増加もリストラなどの社会的な要因が原因といえます。糖尿病などは「富の病」といえます。現在の日本を代表する病気は癌、アルルギー疾患です。 その原因として環境汚染、食品添加物、ストレス社会などが考えられそれは今の時代の問題点を浮き彫りにしているのです。民俗学的にみればケのハレ化による病といえるでしょう。

社会的病因

 つまり病をなくすにはその原因である社会の問題を解決しなければなりません。社会的病因がなくなれば病気はなくなるのです。 それを山城正之は「社会的治癒力」(41)と表現しました。それは「0次予防」(42)の考え方でしょう。

後発国の利益

 病が歴史的発展段階に見合ったものであり、社会的治癒力が働くとすれば後発国に先進国の技術や経験を生かすべきでしょう。 後発国が短期間に効率的に経済成長が出来ることを「後発国の利益」と表現しています。病や公害でも同じ利益があるはずです。 しかし第三世界にも公害(アマゾン、中国で水銀汚染など)は起こっているし産業革命期の第三世界には結核も蔓延していると言われます。

五 健康病の精神的原因の治療法

精一杯生きる

 病気はどんなに努力してもなくなりません。どう病むのか、病むこととはどうゆうことなのかについて向かい合わなくてはならないでしょう。 また我々がどうあがいても致死率は100パーセントです。誰でも老い、誰でも死ぬのです。パニック障害で病んでいた1ヶ月間は死の恐怖が私に襲いかかりました。いつか死んでしまう恐怖に恐れおののいていました。 その唯一の解決法が今を精一杯生きることなのだと思っています。 死の不安を大きくしている原因が現代の生活から死が隠蔽されていることであるとの指摘があります。民俗の知にその解決法があるのかもしれません。

福祉制度

 経済的不安の解消は個人の努力だけでは出来ません。そのためには年金制度、福祉制度、休業補償制度の充実が必要でしょう。 でも現在の政治状況は福祉の切捨てに傾いています。

病を癒す共同体の習俗

 眼の病気の「ものもらい」の習俗や、病気見舞いの慣習は共同の力(共食、連帯)で病を癒そうとする心根を持っていました。 病気見舞いについて地方紙「中日ホームニュース」に批判が寄せられた記事がありました。「病人が大変な時に騒がしく、義理で来る。付き添いも見舞い客の相手をしなければならず大変だ」と。 私も怪我で入院するまではそう思っていました。しかし病気見舞いから治る力を得るのだと思うようになりました。社会から必要とされている、サポートされている、そんな思いが治癒力を高めます。 「入院で困ったことや、相談したいことがあったら遠慮なく周囲の人の援助を受けるようにしたら良い」と病気見舞い批判への反論を書きました。良い習慣として病気見舞いを現代に生かしていけたらと思ったからです。 大貫恵美子は「日本の見舞いの習慣はいわゆる原始的な人々の間で行われるシャマニズムの治療過程と相似する、シャマニズムの治療は共同体の全体的行事であり、儀式には全員が集まる。 共同体のメンバーが自分の健康を気にかけてくれると、目で見、心で感じられる患者が、それによって著しく元気づけられる。」と述べています。 かつては「体の弱い子、障害のある子を神の子として共同体で暖かく見守っていく」(43)「神子上げの風習」もあったのです。 障害を隠さない社会 糸井重里は「めだつ補聴器」(44)を提案しています。相手が補聴器に気づけばわかりやすく話してくれるからです。私は杖の必要な患者さんに高価なブランドの杖を買うよう勧めます。 英国紳士持つような、ステータスになるような杖を。障害を隠さないで良い社会、障害を隠す必要の無い生き方が出来たら良いと思っています。健康は人々の強い期待によってつくられた理想像です。 理想の健康は神にしかないものでしょう。現実に望まれる健康は、いつも不完全で個別的なものでしょう。老人、障害者、病人、その人なりの、個人の健康があると思います。 ルネ・デュボスは「健康とは病気を完全に排除することによって達成される幸福の状態ではなく、不完全な人間が、不完全な現実に対処しながら生きる価値を持ち、 あまり苦痛でない生活を送ることが出来る生活状態」と言っています。 そのためには、医療に自らの健康のすべてを委ねてしまうイバン・イリイチのいう文化的医原病=「痛み、苦悩、病気、死などに対する人間が本来的にもつ自律的対処能力の破壊」(45) からの脱出をはかり、病気や病苦にどのように対処するかを自律的に考えなくてはならないでしょう。健康を過剰に追い求めることをやめる決断が必要なのです。 村瀬章は景観論のなかで「安全と景観のバランスを考えると安全第二がいい」といいます(46)。これをまねて「健康第二」の生き方が良いと思います。 生き方と健康のバランスを考えるのが良いと思うのです。健康はあくまで手段なのだから。

六 多様な健康(手段としての健康)へ

 健康が目的化するとヘルシズム(健康至上主義)が生まれる。病気はどんなに努力してもなくならないし、絶対的な健康はあり得ない。 そうならより良く生きるための手段としての健康、自分なりの健康(ミクロの健康)をどの程度でよいのかは自らが設定しなければならないだでしょう。 マクロの健康からミクロの健康を取り戻さなければならないでしょう。

1 病との共生

 病を排除の対象とせず共生しようと言い始めています。癌との共生をも考えることが必要なのでしょう。特定病因論による病気の撲滅という戦争論から共生論へのパラダイムシフトといえるでしょう。 昔から言われている一病息災の考え方が有効でしょう。いや「多病息災」がこれからの生き方かも知れません。

2 頑張りすぎない

 頑張りすぎている人は自分が頑張っていることに気がついていません。頑張りすぎやストレスが多すぎるために免疫力、抵抗力、自然治癒力が低下して病になります。頑張らない生活も考えなければならないでしょう。 朝日新聞に「『働きすぎ』に反響」(47)という記事がありました。「過労死のほとんどは働かされていることに起因する。私は楽しくて月二百時間残業している。 面白くないことをやらされていれば心も体も壊れる」と。一理はあるが楽しいと無意識に思い込もうとしている場合もあるのです。無意識に不安から逃れるためにやっていることもありうるから判断は難しいのです。 でも必ず無理はからだやこころに出るような気がしています。 私はパニック障害になるまで自分が頑張っているなどと思ったことはありませんでした。病気が落ち着いた頃に友人に病気の話をしたら「頑張っていたからね」と言われて、はじめて自分が頑張っていたのに気がついたのです。 劣等感の克服のための、他人の評価を上げようとする頑張りになっていました。頑張るにしてもその質が問題だろうと思います。充実感のある頑張りならそれもいいだろうと思います。 自分の人生をかける何かに向かって頑張るそれはそれでいいと、それで死んでも本望ならそれはそれでいいのではないかと思います。 太く短く生きるのも、細く長く生きるのも、どちらを選ぶにしてもその人が充実した人生を送ればそれでいいのでしょう。一流のスポーツマンの多くは健康ではないのです。 それで彼らが満足ならいいのです。でもやっぱり普通に生きている私たちは頑張り過ぎないように気をつけましょう。

3 病むことの意義

 せっかく怪我をしたのだから 私は患者さんに「せっかく怪我したんだから休んだら、一生のうちこれほど休めるときはないかもしれないよ。」と休むことを勧めます。 また腰痛の患者さんには「忙しいから腰が痛くなったのでしょう。暇なときなら腰は痛くならないでしょ。腰が少し休ませろって言ってるんじゃないの」などと言います。 病気はどうどうと休める権利を得ているのだから、せっかくの権利を行使しなければもったいないと思うのです。 病を治すために休息が必要なことはもちろんですが、今までの生き方やこれからの行き方を考える時間を持つことができるチャンスだと思っているからです。

病の価値

 加賀乙彦は「夏目漱石は病から絶えず刺激を受け、教えを受け、それを乗り越えることによって深い人間性を獲得していった。 人間は安全で幸福で何も考えない状態よりは病気で少し悩んでいろいろ考え、必死にそこから出ようともがくときに初めて真実をつかむ。」(48)と病の価値について述べています。 曽野綾子は「楽しい裏切り」(49)と題して新聞に書いています。人生には「その時は地獄でも、後になると全く違う意味を持つことがある。」 「不仲な両親、激しい空襲、強度の近視などがなかったら今の私はない。それらが私を私にした。それが楽しい裏切りだ。」と。 茨木のり子は「それはひとを少しは深くするだろう わずか五ミリくらいであろうけれど はしゃぎや 浮かれのなかには 自己省察の要素は皆無なのだから」と詠っています。(50)

病気が病気を治す

 イリイチの言う臨床的医原病、例えば医療過誤などのような問題ではなく本質的に治療がからだに害を及ぼす可能性があるかもしれません。病気を治したためにかえって悪い結果になるというような。 例えば膝痛を早く止めると組織が治りきらないうちに動けるから長い眼で見ると膝関節の変形を進行させているかもしれません。 また野口整体の野口晴哉は風邪を経過することで重大な病気が治っているかもしれないと述べています。風邪を引き発熱することによって癌細胞が死滅し発癌を予防しているかもしれないという人もいます。 このように軽微な病を経過することによって他の大きな病気の予防となっている可能性があるのかもしれません。

病の警告

 怪我を繰り返しする人には、怪我を繰り返さずにはおかない行動パターンがあるような気がします。 交通事故に例えれば車間をとらない走り方をしていると追突事故を起こしやすい、ウィンカーを出すのが遅い人は追突されやすいなどです。 また病気になるその深層心理には、働くのがいやとか、上司とうまくいっていないなどの問題があるのかもしれません。学校がいやでおなかが痛くなる登校拒否児のように。 病になる行動パターン、心理パターンを見つけ出せれば病の警告が十分生きたことになります。これは病の警告を生き方の変更へ結びつけることになります。 病は今の生き方の問題点を教えてくれているかもしれないのです。

病人を甘やかす文化

(51)

 「日本文化の中で病気は正当で望ましいという肯定的価値が付されている」と大貫美恵子はいっています。 「長期の入院、規則のゆるい面会制度、好物の差し入れなど。有給は取れないが病気休養は堂々ととる。出産の里帰りも一ヶ月もとる。患者となっても社会から隔離されずむしろ自らの重要性を確認する。」 など「病人を『甘やかし』」ていて「日本の場合、病気と言うものに文化的許容、正当性が付されていることが、病人の治療にかかわる諸事が非人間的な制度化の波に浸食されることを、有効的に妨げている鍵だといえる。」 と評価しています。それは病の意義を考える上で重要な指摘です。

弱さの力

 鷲田清一はケアについて書いている中で、障害などを持っている人々が「他人に弱い自分を無防備に開くことで、逆に援助する側が個人的に抱え込んでいるこだわりや鎧をほどいていく」、 そんな「〈弱さ〉のちから」があるのだといいます(52)。上野千鶴子が9・11テロについて書いています(53)。「非力なら反撃しない」「反撃の力がないとき。わたしたちはどうしたらいいのだろう? 問いは、ほんとうはここから始まるはずだ。」「私の考えるフェミニズムは、弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想のことだ。弱者の解放は、『抑圧者に似る』ことではない。」 「戦争を含めてあらゆる暴力が犯罪とするなら、ドメスティック・バイオレンスをなくすことに希望をもてるなら、国家の非暴力化に希望を持ってはいけないだろうか。」 このような「弱さのちから」から「病の価値」を考える必要もあるのでしょう。

七 民俗の知

1 民俗の知の排除

 過去における排除 民俗の知の排除がどのようにおこなわれてきたかを川村邦光は書いている。 「文明化によって〈迷信〉的な信仰・慣習が単純に抑圧・禁止されたわけではなく、逆にクローズアップされ、その奇異さ、旧弊さが嘲笑された。二項の対立を通じて『愚民』の教化いわば『感情教育』が施された。 『制度的医療』として西洋医学が導入され従来の医療や習俗が排除された。民俗の知の中から迷信が捏造され西洋医学は全国均一の医療イデオロギーとなった。」 そして終身の教科書によって子供の感情教育がなされていった経過を書いています。迷信の結果失明してしまう話をのせ、 「本来相互に関係のない、眼病・失明と〈迷信〉とが結び付けられ、失明と〈迷信〉に対する恐怖の感情を喚起し組織化することが、子供の感情教育として仕組まれた。」(54) そして上杉正幸によればそれは「知覚の変換」(55)を起こしたという。明治初期のコレラ騒動では、避病院は生き胆を抜くという流言蜚語が流れ、医者が殺される事件が起きる。 それが明治一三年には収まってくる。そこでは疾病をなくすことが出来ない存在として知覚することから、疾病をなくすことが出来ることへの知覚の変換が起きて、 それが主体的行動としてマクロの健康を受け入れる状態を作ってきたのだというのです。 現在の排除 そして現在でも民俗の知の排除は過去になってはおらず、先にも述べたように「文化的医原病」によって排除され続けているのです。つまり 「近代医学は痛みを技術の問題に変えてしまい受苦(パトス)から固有の人間的意味を奪った。 痛みは人間にとって悪や欠陥の直接的な経験、魂の宇宙的な経験とさえ言えるものであり、ただ技術的に痛みを除去するのは、痛みに対してあらわれる文化の知恵と多様性を失うことであった。 痛みをむやみに殺すことで人々は貧しくなる自己の生を無感情に眺めるだけになった」のです(56)

2 民俗の知の再生

 民俗の知が排除されてきたのですがすべてが排除されたわけではなく存在がわかりにくくなっているだけなのでしょう。その民俗の知の存在の理由を探ることで見えてくるものがあるのではないかと思います。 病気見舞いの習慣、ものもらいの習俗などでは病に対する共同の力、家族の力が見えてきます。、今も生活の根源に息づいているが気がついていない民俗の知に光をあて現代に民俗に知を再生することが必要でしょう。

民俗学は身体性の学問

 柳田國男の民俗学は身体性の学問だと最近になって思うようになりました。「東国古道記」の注釈研究をやってきて「風景論」を学んでいてそのことに気がつきました。 三浦雅士は柳田が和歌から離れたのは、黙読を前提とする近代短歌が時代の主流になりその未曾有の変化の重大性、つまり身体性から離れたことに気がつかぬ連中に腹を立てたからだなのだ(57)と書いています。 民俗学は身体性を伴う学問だというところが普通の学問との違いなのだと私は思ってます。つまり科学の知ではなく民俗の知、身体性を伴う知の再生は民俗学の学びが必要だと思います。 川村邦光は民俗知の方法論を柳田の著作を手がかりにして探っています。「柳田の分類法・方法論の特徴は、ものごとを知るメディアとして、身体、とりわけ身体感覚もしくは心身感覚を動員していることである。」 「それは旅の体験から方法化された。」「柳田の旅の作法から」「現在の私たちの身体を『交通』の中でどのようなメディアとして組織化してゆくか、そしてどのような言葉をもって他者の身体に向き合えるのか、 自分自身のみならず、人びとの身体に織り成されている関係性へと分け入る方法をあらためて再構築するための問題提起として読み取ることが出来る。」(58)と。 川村邦光のいう「民俗の知」と中村雄二郎の「臨床の知」(59)を同じものと考えていいのでしょう。 病、健康を通して行う身体との対話は身体と最も密接な関係を持つ身体の知の獲得なのです。

民俗の知と科学の知

 民俗の知の再生は民俗の知と科学の知の交錯させることでおこなわれます。川村邦光が言うように柳田の方法論は「『旅の作法』と文献資料あるいは書物の読書の方法とは、 相補的もしくはパラレル」(60)です。これを真似るなら、科学の知(EBMの医学の知識)と民俗の知(身体性の知)を相補的、パラレルに獲得することが必要でしょう。

ケアプラン

 科学の知が一元的なら民俗の知は多元的でしょう。病との付き合いを「多様」にする、それが健康病からの脱出の方法だと考えます。 つまり多様な健康観を人々が持つことを自らも認め、他の人も認めることでしょう。その方法論として民俗の知と科学の知を学ばなくてはなりません。 「介護保険」ではケアマネジャーはクライアントの希望に従ってケアプランを作ります。ベッドのほうがその人の生活に便利でもベッドが嫌なら布団での生活を考えたアセスメントが必要になります。 医療もそのようにしなければならないのでしょう。その人の生き方を尊重した上での健康、病を考えてゆくことが大切なことなのです。

受苦的存在

 中村雄二郎は「ひとは誰でも病を負って弱みをさらす、退行して依存心を起こす。そこで受苦的存在としての医者―患者関係が必要」(61)で、医療者が医療の専門家である前に、 ひとりの人間としての患者の苦しみや痛みを他人事だと思わないことが大切なことだと言います。 「ユタ」が自らが病み癒えることで治療者となるように自らの病の経験によって人の苦しみを察することができるようになります。精神科医、心理学者、心理カウンセラーなどにもそのような傾向があります。 ユング、フロイト、なだいなだ、森田正馬(まさたけ)、岸田秀しかりです。私の周りの治療家もそのような人が多いのです。そしてそのような人は特に熱心に自信を持って治療に取り組んでいるように感じられます。 永六輔はラジオ番組の「誰かとどこか」で病んだ医者にかかった方が良いし、飲んべーは飲んベーの医者にかかったほうが良いと言っていました。 私は「病んだ経験のない男を夫にするな」ってよく言いますが、これは決まってそんな夫を持ってしまった人に言っています。 夫が腰を痛めたときは上げ膳据え膳でも、奥さんが腰を痛めたときはいつまで寝ているのかとのたまうのは病んだことの無い男が多いからです。色平哲郎は医学生の教育について大切なことを述べています。 「情報通信技術が発達したことによって、私たちが見失いがちなものがあると感じる。それは実体感というか、自ら経験することで心や体に刻みつけられる外界との接触感、すなわちリアルな記憶だ。 (中略)虚像の体験が増えリアルな自己が希薄になれば、他者への存在の気配りも希薄になる」(62)のだと。

儀礼的行為

 武井秀夫は「レヴィ=ストロースは儀礼が身体的効果をもつのは秩序を失った身体に神話的表現を与え、その神話的構造を再組織化することによって生理的過程の開放、 つまり身体の再組織化を誘導するから」(63)といいます。「モアマンはプラシーボの効果だとしている」がEBMの導入による研究の結果 「患者の心理的な要素が治療成績に大きく影響していることが再認識されつつある」(64)といいます。そうならば治療における儀礼的な行為の有効的な活用を考えなければならないのでしょう。 舞台設定(治療環境)、パフォーマンス(医療者と患者のコミュニケーションなど)は癒しにとってとても大切なものとなるのです。昨年秋「癒しの環境」を備えている病院などの表彰が行われました。 病院を見る眼も変わってきています。

八 からだとの対話(身体感覚を養う・身体を通して学ぶ)

1 軽微な兆候、違和感に気づく

 頭優先の行動 自分で自分のからだを「壊して」来院する方のなんと多いことか。最近、一年間腰痛を病んでいた方がみえました。動きが悪いからと動かない方向に無理して動かしていたので、 それを止めて貰っただけで腰痛は治りました。膝が痛み始めたのでウォーキングをするようにした人がいました。その結果膝は腫れ痛みがを増しました。鍛えれば治ると思っていたのです。 腕が上がらなくなったので痛みを我慢して腕を回すようにしていた方がいました。夜も寝られないほど痛み出しました。寝違いで首が回らなくなったので、痛みを我慢して強く妻に揉んでもらい、 起き上がれないほど痛みとなった人もいました。なぜこれほどまでに自らのからだを痛めつけるのが好きなのだろうかと思ってしまうほど、症状を悪化させてしまう人が多いのです。からだが嫌がること、 つまり痛むことは止めとけばいいのに、そうすれば自然と治るのに。痛みはからだの発する大切な注意信号、危険信号なのだからその信号に素直に従い痛みが出ないように行動すれば速く直るのに、 頭優先でからだに思いがいかないのです。こうすればよくなるはずだと頭で決め付けて体に聴かずにやってしまうから病を悪化させてしまうのです。からだは我々が意識しなくても痛くないように、 悪くならないようにかばって動くようにしていてくれます。そのことに気がつく必要があるのです。

治療者も頭優先

 思い込みは治療者の私にもある。急性腰痛(いわゆるギックリ腰)の安静の姿勢がえびの姿勢だけだと思っていたのがうつ伏せの方が良い場合があることを知ったのはここ数年前のことでした。 膝の痛みの体操でやってはいけない屈伸運動を処方する先生もいます。勉強不足もありますが患者さんひとりひとりのからだの状態の変化を注意深く診ていないことが問題の本質なのだろう思います。

治療の判断

 からだとの対話によって治療がこの患者さんにとって合っているのかいないかを患者さん自身実感することができるはずです。例えば治療後の身体感はどうだったか、翌日は、一週間後は。 患者さんに合っている治療が行われていれば直ってくるはずである。(細かい論理を飛ばした話ではあるが本質はついていると思う。)

ここちよさが病を癒す

 痛みが出る前の違和感や軽微な兆候に気づけるようにすればひどい症状に悩まされなくなし、病気の予防にもなる。不快なことをやめ心地よいことをする、これがやまいを癒す原則でしょう。 私の治療室には「治療中に気をつけていただくこと。痛み、不快感があるときはすぐにお知らせ下さい。熱くないですか、寒くないですか。この姿勢はきつくないですか。なにか調子が悪ければすぐに声をかけて下さい。 ここちよさが病を癒す基本です。我慢はやまいを悪化させます。」と張り紙を出してあります。

身体症状を意識化する治療行為

 私の行っている治療はからだの動きの悪さや身体症状を意識に上げる点にあると考えています。包帯を巻く、テーピングをする、湿布を張る、ストレッチングをする、タッチング、 電気治療、灸をすえる、などの治療行為や理学的検査、これらのすべてが今まで気づいていなかったからだの動きの悪さ、症状を頭で認識させることになります。 そして意識化することでからだとの対話が進み直ってゆくのだと考えています。

マイナスの健康法

 からだへの気づきには現在多く行われているプラスの健康法を止めマイナスの健康法を試みてもいいでしょう。動かさない、食べない、仕事をしない、 その結果日常で気がつかなかったからだが見えてくるかもしれません。スローな生活からしか見えないものがたくさんあるでしょう。ゆったりとした時の流れに身を委ねていないとからだとの対話は始まらないでしょう。 森田療法(絶対安静静臥)はマイナス健康法の極致かもしれないのです。

2 痛みの役割

 先天的に痛みの無い人がいます。その人たちは短命です。やけどをしても、骨折をしても、腹膜炎になっても痛くないのです。病気に、怪我に気がつけないのです。だから痛みの役割は大切です。 しかし痛みは嫌なものだです、苦しいものです、「痛みの文化」が生まれる所以です。長田弘(65)は「あなたなしの人生は、この世にありません。人間にはあなたなしの歴史は無く、 文明と呼ばれるものさえも、あなたなしにはありません。(中略)人間の高慢や思い上がりを断じてゆるさないのが、あなたです。」と歌っています。デイヴィット・B・モリス(66)は 「痛みに対し方、痛みの感受性は文化によって異なる。お産の痛みでは日本人は耐えるようしつけられている」のだといいます。 「痛みをなんとかコントロールできると考えている患者、医学的有効性を信じている患者、家族が看病してくれると信じている患者、それほど重病でないと信じている患者ほど経過が良好」で 「意味や考えがどのように痛みに影響を与えているかを再発見するならば、薬漬けの環境における痛みの体験をより良いものに形成してゆく力を発見できるだけでなく、 私たちの痛みを悪化させるような考えを変化あるいは変更できる力も再発見できるかもしれない。」と述べています。痛みはからだとの対話だけではなくからだの外部との対話も引き出すのです。

3 内なる自然としてのからだへの気づき

 養老猛司は「江戸時代は『自然としての身体を』排除するための制度(死体の忌避としての火葬)や、身体を儀礼・作法に封じ込め人工化ないし変形化する制度が生み出され、 こうした身体観は今も生きている」(67)のだといいます。「外の自然を克服し次のターゲットが身体(内なる自然)となりました。スポーツ選手の身体は人工的に加工することで能力を上げている。 日本の女子陸上界では『生理があるうちは二流選手と公言する指導者がいる』」という。「今やエリート選手たちの肉体は、ますます人工的なものになりつつある」(68)のです。 そしてスポーツ選手に限らず我々もからだは人工的に操作が出来ると思っています。ボディビルを筆頭に筋肉トレーニングや運動にはその思想があります。そこには人間の思い上がりが感じられます。 からだは自然治癒力を発揮して治ろうとしているのに、日常の頭優先の生活でそれを阻害した上に努力して治そうとする行為が自然治癒力をまた阻害していることは、 からだを人工的に操作できるとの思い上がりからきているのでしょう。 「病気は自然治癒力の表現形であるとかんがえれば、病気と治療は対立するものではないはずで病気に協力することが治癒というわけ(69)」との考え方もできるのです。 内なる自然であるからだへの認識、病気への考え方も新たにしなければならないでしょう。

4 ボディワーク(身体技法)

 からだとの対話には身体技法(武道、呼吸法、リラクゼーション、姿勢、ダンス、心理学的技法、ヨガなどなど)を試みてはどうでしょう。 演劇では日常の役割を離れ、ジェンダーの規制もはずすこともできます(女性に胡坐をかけない人が多いのは、男にとんび座りができないのはジェンダーの規制の結果なのだろう)。 武道、リラクゼーションは日常のふるまい、習慣化し固定化した動きをはずす訓練になるかもしれません。ストレッチング (その部分だけでなく全体との関係も)はほどけるのをまつ「積極的受動性」(70)を得ることが出来るでしょう。身体技法で身体がほどければこころもほどけてきます。 自分のからだと対話することで内なる自然への敬虔さを獲得できるかもしれません。野口整体(野口体操ではない)では意図しないでからだが動き出すように誘導するある種の技法(活元運動)を用いる。 その結果、何かが憑依したとでもいえる動き、無意識の運動が出現します。からだが意思とは別に自律的に動きだす。この経験は頭優先のアンチテーゼとなりましょう。

5 個々の問題に対する知恵

 五木寛之氏は文学者らしい実に創造的な方法で自らの腱鞘炎を克服しました。字体を三つに変える。筆記具を多種類にする。書く場所を一定にしない。(71) これはからだとの対話を通して始めて可能となります。彼以外がこの方法をとっても腱鞘炎は克服できないし、彼が固定的にこれをやっても腱鞘炎は克服できなかったに違いないのです。 ここではからだとの対話が無ければ効果を発揮し得ないのです。だから我々はこのやり方の形を学ぶのではなく、この本質であるからだとの対話の方法論を学ばなければならないのです。

九 おわりに(すこやかに生きる)

1 ヒーラーへ

 「小さな声であまりみんなに聞こえんように宣誓してみよう。できるかどうか自信が無いもんでな。困難ではあるけれど共感力を持った、受苦的存在としてのヒーラーをめざそう。 ホスピタリィ(もてなし)の心を持って治療に当たっていこう。民俗の知を発揮できるように患者さんごとの問題の解決法を共に考えていこう。(それは五木寛之氏の方法論を具体的な形にしていく作業になるだろう。) 来院された方に病を通して「からだ、こころ、生活、環境、社会、生き方」への気づきを即していこう。健康病からの脱出をはかるお手伝いが出来るよう具体的な行動(例えばワークショップ、新聞掲載など) を少しずつ起こそう。エイエイオー」

2 後藤先生へ感謝

 なんとか形にすることが出来ました。市井の一治療家にとって誠に大きなテーマに恐れを知らずによくもぶつかっていったものだと今思っています。誠にお恥ずかしいものですが私なりに満足しています。 先生と同郷の地に生まれ、先生が柳田研究会を飯田で開催された幸運を今噛締めています。柳田研究会の学びの課程で落ちた目のうろこは私の回りに何千枚と積み重なっています。 学校ならとっくに落ちこぼれていた私のようなものが学びの火をとろとろと燃やし続けることができましたことは、後藤先生の堪忍袋の尾の丈夫さに負うところが大きいのです。 この学びが無ければ今の自分はありえませんでした。心から後藤先生に感謝申し上げます。 先生がリンパ腫に侵された年に私がこのようなテーマで発表させていただいたのも何かの因縁なのだと思っています。 近代のブードゥーののろいを後藤先生が我々に教えてこられた民俗の知の力で解かれ癒されんことを願って筆を置きます。(2002/12/31)

参考文献
(1)佐藤純一『メディカル・ヒューマニティ14』「近代医学の多様性」蒼弓社、一九八九年、22頁
(2)福岡伸一『論座‘02年10月号』「科学者VS素人」
(3)佐藤純一編『医療のふしぎ 100問100答』河出書房新社二〇〇一年一二一-一二三頁
(4)上杉正幸『健康不安の社会学』世界思想社、二〇〇〇年
(5)網野皓之『なぜ村は集団検診をやめたか』中央公論事業出版、一九九二年
(6)近藤誠『それでも癌検診うけますか』文芸春秋、一九九四年
(7)『CMSメールマガジン二〇〇二年9月一一日号』「人間ドック」
(8)安井至『環境と健康』丸善、二〇〇二年
(9)「高くてもいい国民負担率」朝日新聞二〇〇二年七月二十日
(10)(4)六四頁
(11)(4)四五−五八頁
(12)(4)一七七−一九六頁
(13)「広がる50代からの美容整形」朝日新聞二〇〇二年九月四日
(14)山口昌男『道化的世界』「黒い『月見座頭』」筑摩書房、一九八六年、一八―一九頁
(15)中島らも『論座二〇〇二年十月号』「笑う門にはー第五回続・差別と笑い」
(16)武田徹『『隔離」という病』近代日本の医療空間』講談社、一九九七年、一八七頁
(17)大貫恵美子『日本人の病気観―象徴人類学的考察―』岩波書店、一九八五年、四三−四四頁
(18)『著者に会いたい』「コレラが街にやってくる」朝日新聞二〇〇二年九月一日
(19)『清潔は病気だ』朝日新聞社、一九九九年
(20)片山洋次郎『整体 楽になる技術』筑摩書房、二〇〇一年、一七四頁
(21)三浦雅士『身体の零度』講談社、一九九四年
(22)「多摩ニュータウンの一角に風俗店」朝日新聞二〇〇二年八月二八日
(23)(4)二〇〇頁
(24)服部正『思想の科学80』「時代と病気」
(25)(3)九四−九六頁
(26)アメリカ合衆国厚生省『急性腰痛ガイドライン』エンタープライズ社
(27)近藤誠『成人病の真実』文芸春秋、二〇〇二年、二四七、二四三―二四四頁
(28)(3)一二―十五頁
(29)(16)
(30)(3)一八四−一八七頁
(31)「『ひきこもり』救出マニュアル(斎藤環著)への批判」朝日新聞二〇〇二年八月二八日
(32)『健康の語られ方』青弓社、二〇〇二年
(33)柳沢桂子『認められぬ病 現代医療への根源的問い』山手書房新社、一九九二年
(34)医療人類学研究会編『文化現象としての医療』メディカ出版、一九九二年、一二六−一二七頁
(35)(3)三六−三九頁
(36)中村桂子「クローン、ゲノム 生命どこへ」朝日新聞二〇〇三年一月六日
(37)フランツ=ブランデンベルク作、アリキ=ブランデンベルク絵、福本友美子訳 『あたしも びょうきに なりたいな』偕成社、一九八三年
(38)(23)
(39)柳田國男『明治大正史世相篇』「貧と病」
(40)五木寛之「みみずくの夜メール」朝日新聞、二〇〇二年八月二十六日
(41)山城正之『思想の科学、一九七七年・九月号』
(42)倉科周介『病気のなくなる日レベル0の予感』青土社、一九九八年
(43)後藤総一郎「ベルの会講演」一九九五年六月十五日
(44)糸井重里「めだつ補聴器」産経新聞、二〇〇二年八月二三日
(45)(33)七三頁
(46)村瀬章『まちづくり変革宣言 地球時代への再構築』ぎょうせい、一九九四年
(47)「『働きすぎ』に反響」朝日新聞、二〇〇二年九月一〇日
(48)加賀乙彦「第1回精神保健会議講演」一九八七年
(49)曽野綾子「時のかたち」朝日新聞、二〇〇二年九月六日
(50)茨木のり子『倚りかからず』「苦しみの日々 悲しみの日々」筑摩書房、一九九九年
(51)(16)
(52)鷲田清一『<弱さ>のちから ホスピタブルな光景』講談社、二〇〇一年
(53)上野千鶴子「非力の思想」朝日新聞、二〇〇二年九月一一日
(54)川村邦光『幻視する近代空間 迷信・病気・座敷牢、あるいは歴史の記憶』青弓社、一九九七年
(55)(4)五六頁
(56)中村雄二郎『述語集』「イリイチ『脱病院化社会』の痛み論」岩波新書、二〇〇一年
(57)三浦雅士「柳田國男と身体」(柳田國男全集月報23)筑摩書房
(58)川村邦光『<民俗知>の系譜―近代日本の民俗文化―』昭和堂、二〇〇〇年
(59)中村雄二郎『臨床の知とは何か』岩波書店、一九九二年
(60)(57)
(61)(58)
(62)色平哲郎「風のひと 土のひと」朝日新聞二〇〇一年一一月二二日
(63)(1)武井秀夫「医療人類学の課題」一五頁
(64)菊池巨一「腰痛 常識の誤り」日本鍼灸新報四八八号平成一四年一二月
(65)長田弘 朝日新聞一九九七年十月八日
(66)デイヴィット・B・モリス『痛みの文化史』紀伊国屋書店、一九九八年
(67)養老猛司『日本人の身体観の歴史』法蔵館、一九九六年
(68)『論座二〇〇二年一〇月号「ノンフィクション『教養派』15選+α」
(69)津村喬・岡島治夫『思想の科学 一九九七年九月』「体と付き合う方法」
(70)斎藤孝『身体感を取り戻す 腰・ハラ文化の再生』日本放送出版協会、二〇〇〇年
(71)五木寛之「みみずく夜メール」朝日新聞、二〇〇二年七月二九日